#16

木心地のいいプール ~木の玉プールによるリラックス効果~

     木の素材が持つ良さを検証するため、素材の異なる3種(ヒノキ、プラスチック、ゴルフボール)のボールプールに入った際の生理反応を小学生低学年で測定した結果、心拍変動においてヒノキボールでのみプールに入った後に副交感神経系活動が有意に高くなり、生理的にリラックスした状態が誘発されたことが示唆された。

    掲載情報の概要

    ウッドデザイン賞2016 受賞
    技術・研究分野 ハートフルデザイン部門
    その他の調査・研究

    はじめに

     現在、木材利用の声が高まってきており、木の空間は落ち着く、やすらぐ、といった主観的な評価を得ている。しかし、木が人に与える影響について客観的な検証が十分ではない。本研究では、木が子どもに与える影響について、素材の異なるボールプールを用いて、心理的および生理的な影響の検証を通して、木の新たな価値を探ることを目指した。

    実験概要

    実験準備

     写真 1 に示すように、ヒノキのボール、プラスチックのボール、ゴルフボールの素材の異なる 3 種のボールを準備した。3 種のボールの直径は約 40mm とした。準備したボールにそれぞれのプールを用意し、プールをボールで満たした。図 1 にプールの概要を示す。プールの形状は 8 角形であり、1 辺 680mm、対辺までの距離 1642mm、深さ 460mm を同室に 3 つ準備した。写真 2 に実験室の内観を示す。プールの上には 24mm 厚の蓋を準備し、3 つに分けた蓋のうち、中央の蓋のみ動かせるようにした。

    被験者

     被験者は、小学 1~3 年の男女 19 名(男子 10 名・女子9 名 平均年齢 7.3±1.0 歳)とした。

    実験項目

     本研究内で実施した実験項目 4 種を示す。
      ①心拍変動性(HF 成分(副交感神経活動)、LF/(LF+HF)(交感神経活動))
      ②脳活動(近赤外分光分析法(NIRS),左前頭部)
      ③唾液アミラーゼ活性
      ④音声感情分析

    実験手順

     写真 3 に実験の流れを示す。最初に、被験者と両親に実験の目的と手順について説明し、同意書にサインをもらった。同意後に、被験者に着替えてもらい、体重、身長を測定した。被験者を車いすに座らせ、①心拍変動性を測定するセンサーを被験者の胸部に、②脳活動を測定する NIRS センサーを被験者の前額部に装着した。本実験の前に、紙のボールで満たしたプールで実験の手順を体験してもらいながら被験者に説明を実施した。被験者を車いすからプールの蓋を全て閉じた状態でプールの蓋の上に移動させた。写真 3-a および b に示すように、アイマスクを着け、横になった状態で、2 分間安静にしてもらい,その間①心拍 RR 間隔、②脳活動を測定した。2 分経過後に、③唾液アミラーゼ活性を測定した。その後、写真 3-c および d に示すように、プールの中央の蓋を開け、被験者の姿勢を維持させた状態でプールの中に被験者を担ぎ入れ、2 分間安静にしてもらった。安静中に再度、① 心拍 RR 間隔と②脳活動を測定し、安静終了後には③唾液アミラーゼを測定した。最後に、プールの中に被験者が安静にしている状態で 6 つの質問を保護者から被験者へしてもらい、被験者の回答をマイクで録音することにより、④音声感情分析を行った。全ての測定が終わった段階で、被験者を再度持ち上げてプールから出した。一つのプールでの測定が終了した段階で、被験者には 5 分間の休憩をとってもらった。この手順を各プールで繰り返した。被験者がプールに入る順番はランダムであり、それぞれのプールに 1 度ずつ入ってもらい、プールに入る前後の生理・心理状態を測定した。

    実験結果

     統計的に有意傾向のあった①心拍変動性④音声感情分析について報告する。

    ① 心拍変動性

     図 2 に心拍変動性の解析結果を示す。プールに入る前の安静開始時からプール内における安静終了時の R-R 間隔を周波数分析することにより、交感神経経動と副交感神経活動について解析した。解析結果を比較したところ、プラスチックボールのプールとゴルフボールのプールでは、統計的に有意な差は見られなかったが、副交感神経活動の指標(リラックス指標)である HF 成分の値が、木のボールプールでのみプールに入った後に高くなる傾向が見られた。

    ④ 音声感情分析

     マイクで収録した音声を、音声感情分析ソフト(ST Emotion SDK,PST 社)を用いて、5 つの感情(喜び、怒り、悲しみ、平常、興奮)の割合を分析した。音声感情分析とは、発話単位ごとに音声を周波数分析することにより、音声と脳活動の相関から感情を 10 段階で認識することができる分析手法である。図 3 に、ボールプールごとの悲しみの割合を比較した結果を示す。これは、ボールプールごとに音声に含まれる感情のうち、悲しみの割合を発話数で平均した結果を示し、木のボールプールとプラスチックボールプールの比較では、統計上有意であった。

    考察

     素材の異なるボールプールでは、子どもの心拍変動性および音声感情分析について、それぞれの変化が見られた。心拍変動性解析は、木のボールプールではリラックスした生理状態を誘発させる傾向があることがわかる。また、音声感情分析では、子どもが感情や好みを口頭で適切に表現することは難しいが、触覚や嗅覚を通して素材から子どもへ良い影響を与えることが可能である結果が示された。本研究では実験全体を通して、視覚を遮断しているため、これらの結果は触覚および嗅覚による反応であると考えられる。

    おわりに

     子どもが木のボールプールに入ることにより、素材の触覚や嗅覚を通した良い影響が与えられ、リラックスした状態が誘発される可能性が示された。
     今後は、子どもだけでなく大人や高齢者など、それぞれの年齢層に対して訴求可能な有効な木の効果を検証する研究を継続していく。

    掲載情報の詳細

    論文元/参考文献1
    ウッドデザイン賞2016 受賞作品251点 https://www.wooddesign.jp/2016/work.html
    JWDA記事編集者
    根本孝明
    ダウンロード