木の家と健康を科学するプロジェクト(2016年受賞)
気持ちが穏やかになる。ストレスが緩和される。よく眠れるようになる。気分がシャキッとする。など木の家が健康に良いことを私たちは経験的にはよく知っています。しかしその科学的根拠については必ずしも十分な調査がなされてきたというわけではありませんでした。そこで我々は、特に「木材の香り」が与える影響に着目して、人の心身に与える効果を検証することを目指しました。
木目が影響せずに木材の香りの影響だけを調査するための2つの実験棟を作成しました。一つ目は、内装材を無垢のスギ材とした木造の小屋であり、もう一つはビニールクロスを内装材とした木造の小屋でした。ただし、ビニールクロスには木目模様を使用することで、どちらか一方の小屋だけが木目による心身への影響を与えることを回避しました。
それぞれの室内で捕集した空気をGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析装置)で分析した結果、無垢のスギ内装材室(A-room)ではセスキテルペン類の濃度が高く、木の香りは季節性の変動を繰り返しながら、維持されることが明らかになりました。
木の香りが好きな参加者でも、樹脂の部屋の方が好きな参加者でも、血圧と唾液中アミラーゼは、無垢のスギ内装材室滞在後(Post)に低下し、まれに出現する傾き5度の視覚刺激に対して後頭葉視覚野の活動が上昇していることが明らかになりました。
気持ちが穏やかになる。ストレスが緩和される。よく眠れるようになる。気分がシャキッとする。など木の家が健康に良いことを私たちは経験的にはよく知っています。しかしその科学的根拠については必ずしも十分な調査がなされてきたというわけではありませんでした。そこで我々は、特に「木材の香り」が与える影響に着目して、人の心身に与える効果を検証することを目指しました。
誰にでもわかる木の家の良さと言えば、美しい木目と優しく豊かな香りでしょう。我々は木の家の健康効果として今回は香りに着目しました。もちろん美しい木目も人の心身に良い影響を与えることが考えられます。そこで、今回は、木目が影響せずに木材の香りの影響だけを調査するための2つの実験棟を作成しました。
一つ目は、内装材を無垢のスギ材とした木造の小屋です。もう一つはビニールクロスを内装材とした木造の小屋を作成しました。ただし、ビニールクロスには木目模様を使用することで、どちらか一方の小屋だけが木目による心身への影響を与えることを回避しました。内装材を無垢のスギ材として小屋に入っている時と、木目ビニールクロスの小屋に入っている時の人の心身の状態を比べれば、「木材の香り」が心身にどのような効果を与えるかが明らかになるというわけです。
セスキテルペン類がスギ材から揮発
まず我々が取り組んだことは、上記の2つの室内にどのような成分がどれくらいスギ材から揮発しているかを確認することでした。それぞれの室内で捕集した空気をGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析装置)で分析した結果、無垢のスギ内装材室(A-room)ではセスキテルペン類の濃度が高いことがわかりました。下図はその季節変動をプロットしたものです。夏季にセスキテルペン類の濃度はピークとなり、冬季には低下することがわかりました。ここで重要なことは、新築しばらく経つと木の家のいい香りはなくなってしまうような印象がありますが、実際には、次の夏季にはセスキテルペン濃度は再度上昇することがわかったことです。つまり、木の香りは季節性の変動を繰り返しながら、維持されることがわかった点です。ですから、木の家の内部に満たされた木の香りは、長く心身に何らかの影響を与えることが示唆されます。
嗜好に影響されない生理的効果
木の家の内部は高濃度のセスキテルペン類に満たされていることがわかりました。では人の心身に影響するのは、木の香りを人が好むからなのでしょうか。あるいは、セスキテルペン類そのものの効果なのでしょうか。我々はそれを調べるために、木の香りが好きな実験参加者(Group W)と樹脂の部屋の方が好きな参加者(Group L)の2つのグループの比較を行ってみました。指標として用いたのは、血圧とストレス指標として知られる唾液中アミラーゼです。興味深いことに、木の香りが好きな参加者でも、樹脂の部屋の方が好きな参加者でも、血圧と唾液中アミラーゼは、無垢のスギ内装材室滞在後(Post)に低下するという結果が得られました。これは、人の心身が木の家で癒されるのは、セスキテルペン類を吸引する効果によるものであることを示唆しています。
脳の視覚的注意反応を促進
このように、木の家のスギ内装材から揮発するセスキテルペン類は、嗜好に影響されない人の体へのストレス低減効果があることがわかりました。ということは、セスキテルペン類そのものを吸引することで、私たちも気がつかないような身体への効果があるのではないか?ということが予想できます。
以下はその一つの例です。私たちは、実験協力者に脳の注意機能を確認するための実験に参加してもらいました。下図はその模式図です。参加者はたくさんの縞模様(Sinusoidal Pettern)を200ミリ秒という短い時間、次々とみてもらいました。その中で、縞模様の傾きがない場合だけに注意を向けてもらい手元のボタンを押してもらうことにしました。ボタンを押すとき以外は、10度に傾いた縞模様が頻繁に出現するように刺激を呈示しましたが、ごく稀に傾き5度の縞模様を呈示し、その時の参加者の脳の状態を事象関連電位(Event-related potentials: ERPs)という脳波を用いた手法で比較してみました。
その結果、スギ内装材の部屋の中の高濃度のセスキテルペンに曝露された参加者の脳は、まれに出現する傾き5度の視覚刺激に対して後頭葉視覚野の活動が上昇していることが明らかになりました。つまり、スギ材の香りが豊富に存在するとき、自分でも気がつかないうちに、脳は視覚的な変化に大きな反応を示す可能性が明らかになりました。これは木の家が住むだけではなく、さまざまなトレーニング、介護、教育などで活用される今後の可能性を示唆しています。
今回の結果は、日本の伝統の一つである木造住宅の持つ人の心身への可能性のほんの一部であるかもしれません。今後もさらに木の家の健康への可能性が解明されていくことが期待されます。
掲載情報の詳細
- 論文元/参考文献1
- 清水邦義 他. スギ材を内装材として使用した室内空間における揮発性成分の 分析およびその季節変動. 木材学会誌 Vol. 63, No. 3, p. 126-130 (2017) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwrs/63/3/63_126/_pdf
- 論文元/参考文献2
- Sun, M. et al. Effects and interaction of different interior material treatment and personal preference on psychological and physiological responses in living environment. J Wood Sci 66, 63 (2020). https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1186/s10086-020-01910-2
- 論文元/参考文献3
- Nakashima, T. et al. Effects of volatile sesquiterpenes from Japanese cedarwood on visual processing in the human brain: an event-related potential study. J. Wood Sci. 69, 15 (2023). https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1186/s10086-023-02083-4
- JWDA記事編集者
- 九州大学大学院農学研究院 特任助教 中島大輔九州大学大学院農学研究院 准教授 清水邦義
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の方法(連絡先) - 九州大学大学院農学研究院 森林圏環境資源科学分野
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