#21

木材の匂いが、心にも体にもリラックス効果があることが分かってきました

    心理的な効果はもちろん、血圧を低下させるなど、生理的にリラックスさせる作用を持つことが明らかになってきました。木の香りは、植物が放出する揮発性の化合物(フィトンチッド)に由来します。

    掲載情報の概要

     木材の香りは、心身にリラックス効果をもたらし、血圧低下などの生理的効果も確認されています。木が放出するフィトンチッドと呼ばれる揮発性物質には、心理的リラックス効果や免疫機能の向上作用があります。特にテルペン類と呼ばれる有機化合物(例:α-ピネン、リモネン)は、リラックス効果が確認されています。また、森林の香りが人間の生理的ストレスを軽減し、自然環境に近い状態を思い起こさせることが、リラックス効果につながっていると考えられます。

    木の香り(フィトンチッド)が心身のリラックス作用に関係

     木の香りは、心を落ち着ける作用があると考えられていますが、それは木や植物が放出する揮発性の化合物であるフィトンチッドに由来します。

     フィトンチッド(phytoncide)は、ギリシャ語のphyton(植物)とラテン語のcaedere(殺す)を組み合わせた言葉で、1937年にロシアの科学者トーキン氏によって造られました。これは植物が放つ細菌・真菌などを抑制する揮発性物質の総称です。

     これら揮発性物質のうち、特定のヒトや動物に対して、免疫機能を高めたり、心理的リラックス作用のあるものが存在すると考えられています。

     フィトンチッドというと、植物が分泌する揮発性物質全般を指すのですが、そのなかで特に多い有機化合物がテルペン類です。また、精油(エッセンシャルオイル)とは、植物から抽出したテルペン類を含む芳香性の油分です。

     木材が含む代表的なテルペン類として、α-ピネン、リモネン、カンフェン、ボルニルアセテートなどが知られています。そして、複数の事例研究により、これらテルペン類にはリラックス作用のある可能性が示唆されています。

    針葉樹精油(葉油)の主な成分(%)

     フィトンチッド(テルペン類)の成分は木の種類により異なります。ここではスギ、ヒノキ、モミ、ヒバ、トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツに含まれる主な成分について掲載します。

    スギヒノキモミヒバトドマツエゾマツアカエゾマツ
    α-ピネン16.134.7144.322.5310.6515.6816
    カンフェン1.950.677.2015.9611.2414
    β-ピネン0.940.361.330.187.732.823
    サピネン5.9211.9618.14
    ミルセン4.815.162.235.001.512.41
    リモネン6.386.9623.123.7218.0810.011
    β-フェランドレン1.050.160.5912.483.255
    カンファ―8.549
    γ-テルピネン5.925.560.057.920.08
    リナリルアセテート0.150.31
    ボルニルアセテート1.857.245.600.1421.6236.3747
    4-テルピネオール17.579.4115.260.170.76
    ツヨプセン1.772.52
    α-テルピネルアセテート0.3114.999.050.350.24
    σ-カジネン1.870.922.89
    α-カジノール0.680.230.160.39
    注.谷田貝光克(2007)および土居ら(2020)より抜粋して引用。

     

    なぜ、木の香りでリラックスするか(自然回帰理論)

     M A. O’GradyとL Meinecke(2015)の命名した「Back-to-Nature Theory(自然回帰理論)」によると、人類は600〜700万年という長い期間を自然環境下で過ごしており、現在のような人工的な環境下で暮らし始めたのは僅か200〜300年間の出来事です。
     遺伝子は数百年という短い期間では変化しないため、私たちは自然対応用の身体で現代の都市環境を生きていることになり、このギャップが人の身体に生理的ストレス状態をもたらしている状態とも考えられます。

     そのため、木の放つこれらの香りは、自然環境を思い起こさせ、心理的なストレスの減少に寄与していると考えられています。

    掲載情報の詳細

    論文元/参考文献1
    林野庁「科学的データによる木材・木造建築物のQ&A」(Q1) https://www.rinya.maff.go.jp/j/mokusan/attach/pdf/handbook-24.pdf
    論文元/参考文献2
    「木材の香りによるリラクゼーション効果」恒次祐子, 森川岳, 宮崎良文, 木材工業 60(11):598-602,2005. 2005_No.02J https://cir.nii.ac.jp/crid/1520853833467480192
    論文元/参考文献3
    土居拓務,本田知之,安井由美子,前田尚之,酒巻美子,萩原寛暢,横田博(2020)「木育活動およびアカエゾマツ精油芳香曝露による唾液中ストレスホルモン(コルチゾール)の低減」『AROMA RESEARCH』No.84(Vol.21/No.4),pp.28-34 https://rakuno.repo.nii.ac.jp/record/6663/files/2020-a-46_yasui.pdf
    論文元/参考文献4
    谷田貝光克(2007)「森の香り・木の香り その正体と働き」『におい・かおり環境学会誌』38 巻 6 号 p. 428-434 https://doi.org/10.2171/jao.38.428
    論文元/参考文献5
    池井晴美、宮崎良文(2021)「木と人の関係-サイエンスの視点から-第7回「木の香りを嗅ぐと」」『組合月報』2021年10月号,東京木材問屋協同組合, https://www.mokuzai-tonya.jp/geppou/2110/pdf/2110_science.pdf
    論文元/参考文献6
    Ikei H, Song C, Miyazaki Y(2015)Physiological effect of olfactory stimulation by Hinoki cypress (Chamaecyparis obtusa)leaf oil. J. Physiol. Anthropol. 34, p.44 https://jphysiolanthropol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40101-015-0082-2
    論文元/参考文献7
    Ikei H, Song C, Miyazaki Y(2016)Effects of olfactory stimulation by α-pinene on autonomic nervous activity. J. Wood Sci. 62, pp.568–572 https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1007/s10086-016-1576-1
    論文元/参考文献8
    Mary Ann O'Grady & Lonny Douglas Meinecke(2015)Silence: Because What's Missing is Too Absent to Ignore,Journal of Societal and Cultural Research, Volume 1, Issue 1, pp.1-25 https://www.researchgate.net/publication/271842302_SILENCE_BECAUSE_WHAT'S_MISSING_IS_TOO_ABSENT_TO_IGNORE
    JWDA公開日
    2019年3月30日