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無花粉スギの苗⽊だけを量産する⾰新的技術を開発

    無花粉スギを簡易に DNA 鑑定で識別する⽅法を取りまとめて公開しました。
    DNA 鑑定と組織培養により無花粉スギ苗だけを量産する技術を確⽴し公開しました。
    無花粉スギの苗⽊供給⽅法を開発することで花粉症対策に貢献します。

    掲載情報の概要

    無花粉スギの判別と量産法を確⽴しマニュアルとして公開しました。未熟種⼦から発生したカルスを培養し、無花粉スギの原因となる遺伝⼦(MS1)を⽬印として選別して⽤いることで、⽣産する苗⽊を全て無花粉スギにすることが可能です。さらに、組織培養技術を活⽤することで試験⽣産にとどまらず、商業規模での⼤量⽣産への道もひらかれました。

    概要

     無花粉スギの判別と量産法を確立しマニュアルとして公開しました。未熟種子から発生した細胞の塊(カルス)を培養し、無花粉スギの原因となる遺伝子(MS1)を目印として選別して用いることで、生産する苗木を全て無花粉スギにすることが可能です。さらに、組織培養技術を活用することで試験生産にとどまらず、商業規模での大量生産への道もひらかれました。

     花粉を飛散しない無花粉スギ実生苗(みしょうなえ:種子を発芽させて育てた苗のこと)は人工交配により生産されてきましたが、その苗木の約半数は花粉を飛散するスギとなるため、無花粉性の確認に2~3年を要していました。そこで研究グループは、MS1遺伝子をPCRで簡易に判定する技術と、未熟種子を用いた組織培養により植物体を増殖させる手法とを組み合わせることで、無花粉スギを数ヶ月で選び出し、その苗だけを大量生産する技術を確立しました。公開するマニュアルはこれらの技術を多くの人が使えるようにわかりやすく、かつ具体的に解説したものです。この成果は、スギ花粉の発生源を絶つというスギ花粉症の根本的な解決策に貢献します。

     マニュアルと関連研究論文は、2022年2月に森林総合研究所のウェブサイトおよびFrontiers in Plant Science誌からオンライン公開されました。

    背景

     スギ花粉症は、昭和38年に日光市で初めて報告されて以来、患者数は増大し、最近の調査では国民の38.8%がスギ花粉症であると言われています。林業の分野において行うことのできるスギ花粉症対策は、花粉飛散量の多いスギ林を伐採・収穫した後に、少花粉スギや無花粉スギへ植え替えること等により花粉の発生源を減らすことです。特に無花粉スギはまったく花粉を飛散しないために、無花粉スギへの植え替えは究極的な解決策として期待されています。しかしながら無花粉スギの苗木の供給量には限りがあります。無花粉スギの品種自体が少ないことに加え、交配により生産される実生苗のうちの約半数は、花粉を生産する正常な個体であるため、無花粉スギだけを選抜する工程が必要となるためです。現状では、2~3年間育苗した実生に植物ホルモンを散布することで雄花を強制的に着花させ、花粉の有無を確認して無花粉スギを選別しています(図1)。無花粉スギの普及には、この工程を効率化することが不可欠です。

    図1. 無花粉スギ実生苗生産の一般的な方法(左)と今回開発した方法(右)

     無花粉スギ実生苗の生産は、無花粉スギの種子親(aa)と正常に花粉を作るスギで無花粉となる素質(a)を隠し持つ花粉親(Aa)との交配から始まります。この花粉親(Aa)では正常な花粉を生産する素質(A)によって、無花粉の素質(a)が覆い隠され有花粉になってしまっています。しかし交配でできる次世代では両親から無花粉となる素質(a)のみを受け継ぐ個体が出現し、これらの個体が無花粉スギ(aa)となります。正常な花粉を有する個体と無花粉の個体との比率はおよそ1:1です(メンデルの遺伝法則が当てはまります)。一般的な無花粉スギの生産方法では、2~3年間育苗した苗木に植物ホルモンを散布し強制的に雄花を着花させ、無花粉であることを確認できたスギを無花粉スギの苗として使用します。今回、開発した量産方法では、球果から取り出した未熟種子を培養し、カルスを生成させます。カルスの段階でDNAを抽出し、鑑定を行うことで無花粉となるカルスだけを選抜します。選抜されたカルスを成熟した不定胚にまで育成し、大量に増殖させます。この不定胚から育成された苗木は100%が無花粉スギとなりますので、雄花を着花させて花粉の有無を検査する必要もありません。

    内容

     研究グループでは無花粉スギの量産を行うために、交配により得られた種子が未熟のうちに利用することを考えました。まず、7月中旬から下旬に成熟する前の球果を採取します。採取した球果から未熟な種子を取り出し、培地の上で培養すると2~3ヶ月程の培養でカルスとなります(図2A)。これらのカルスには花粉を生産するスギと無花粉スギが約1:1の割合で含まれていることから、無花粉スギになるカルスだけを選び出す必要があります。そのためにカルスの一部を取り出し市販のDNA抽出試薬の中に入れて煮沸し、上澄みを使用してPCRで遺伝子を増幅し電気泳動でバンドパターンを確認します(図3)。無花粉スギに特徴的なバンドパターンが観察されたカルスを新しい培地に移し、培養を継続して成熟させると不定胚と呼ばれる組織(図2B)になります。不定胚は種子のように発芽し、苗となります(図2CおよびD)。得られた苗をポットに移して育苗しますが、この時点ですべての苗が無花粉スギなのです。この方法を使うと、わずか1グラムのカルスから1000本以上の苗木を生産することもできます。さらに、不定胚は密封して冷蔵保存すれば、少なくとも2年間は発芽能力を保ちます。そのため工程が管理された工場で大量生産して保管することで、年間を通じた需要の変化にも柔軟に対応できます。

     研究グループで開発した無花粉スギのDNA鑑定法は、MS1と呼ばれる無花粉スギの原因となる遺伝子に着目し、その遺伝子の変異を直接検出しています。この遺伝子をもつスギは全国的に分布するため、各地域の天然林や在来品種の個体からでも無花粉スギの変異を持つ個体を見つけ出すことが可能です。

    図2. 未熟種子組織からの無花粉スギの増殖

     未熟種子を球果から取り出し、培地に静置すると2~3ヶ月後にカルスの増殖が観察されます(A)。DNA鑑定(図3)により無花粉スギとなるカルスを選び出し成熟させることで不定胚が得られます(B)。不定胚は種子に相当する組織であり、発芽させることができます(C)。一個体ずつ専用の容器に入れて育苗し出荷可能な大きさになるまで育成します(D)。

    図3. DNA鑑定による無花粉スギ系統の判別

     少量のカルスを取りDNA抽出に使用します(A)。市販のDNA抽出試薬にカルスを加え5分間煮沸してDNAを溶出させた後、上澄みの溶液をDNA鑑定に使用します(B)。下の方に沈んで見える白い塊は、試薬に含まれている樹脂とカルスの残渣です。PCRにより無花粉スギの原因になる遺伝子(MS1)を増幅後、電気泳動で分析します(C)。得られたバンドパターンから無花粉スギとなるカルスを判別します(D)。

    今後の展開

     我が国の人工林の44%にスギが植栽されています。これらのスギを伐採・収穫し、その後に無花粉スギの苗木を植栽していくことでスギ花粉を確実に減らしていくことができます。無花粉スギのDNAによる鑑定方法とその苗木の量産技術は、各地の環境に適した無花粉スギを育成し、花粉症対策を確実に進めるための有効な方法の1つになります。ただし、木材を収穫できるのは植栽してから何十年も後となるため、その間に様々な自然環境にさらされることとなります。そのため、植栽されてからどのように成長を続けていくのか、不明な点も残されています。組織培養による苗木は林業種苗法では想定されていなかった苗ですが、今後の組織培養由来の苗を山に植栽する行政的な仕組みの整備および本マニュアルの活用により、無花粉スギ苗の流通が促進されることが期待されます。そこで研究グループでは、マニュアルに記載した方法で生産された苗木を実際に植栽し、成長を測定しています。

     スギは花粉症の一因として認識されるようになりましたが、古くから日本人の生活や文化と密接に関わってきました。様々な環境で育ち、成長も早いことから、林業用だけでなく、都市やオフィスの緑化用にも無花粉スギを活用できるかもしれません。無花粉スギの量産技術の確立により、社会でますます広くスギの活用が広がることが期待されます。

     なお、本研究は、生研支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業(28013BC)「成長に優れた無花粉スギ苗を短期間で作出・普及する技術の開発」(代表機関:新潟大学)による支援を受けて行われました。

    共同研究機関

     森林総合研究所、新潟大学、新潟県森林研究所、静岡県農林技術研究所、株式会社ベルディ

    掲載情報の詳細

    論文元/参考文献1
    スギの雄性不稔遺伝子MS1判別マニュアル(森林総合研究所HP) https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/chukiseika/5th-chuukiseika9.html
    論文元/参考文献2
    組織培養による無花粉スギ苗の増殖マニュアル(森林総合研究所HP) https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/chukiseika/5th-chuukiseika10.html
    論文元/参考文献3
    Maruyama, T. et al (2022), An Improved and Simplified Propagation System for Pollen-free Sugi (Cryptomeria japonica) via Somatic Embryogenesis, Frontiers in Plant Science, 08 February 2022 https://doi.org/10.3389/fpls.2022.825340
    論文元/参考文献4
    スギ花粉症の時代はスギ去りし過去になるか?(YouTube「森林総研チャンネル」) https://youtu.be/eY8sdavDbkg
    JWDA公開日
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    の方法(連絡先)
    国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
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